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令和6年東京消防庁出初式

正月6日に、新春恒例の出初式が、東京ビッグサイトで開催された。小誌のお目当ては、連載「江戸の花」で江戸っ子の粋な姿を披露頂いている「江戸消防記念会」の皆様に受け継がれる伝統文化と技の撮影でお邪魔しました。

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出初式では、江戸消防記念会の皆さん(大岡越前が創設した火消し文化を今に伝える)を先頭にした入場から始まり、続いて東京消防庁の華やかな音楽隊のバトントワリング・マーチングバンドの演奏隊、各方面消防指令(各方面消防正官監)が指揮する東京中の消防の最新設備車両や精鋭たち、さらに地域を護る消防団の皆さんまが威風堂々とした行進を披露してくれた。

我々現代人が行進で連想する事は、指揮棒を持ったリーダーの後ろに、隊伍を組んで手を振り脚を上げ一糸乱れぬ姿を連想するわけだが、今回面白い発見があった(私だけかも)。

東京消防庁の自動車隊、バイク隊、消防隊の皆さんはまさにイメージ通りの行進を披露された。一方で、江戸消防火消記念会の皆さんの入場は、隊列はあるものの手足の動きは各自自分の歩調で進んでいた。かといって、それがだらしなく見えた訳ではない。何か違ったオーラを発散していた。組頭達を先頭にした集団が発する木遣り唄の響きは、その後ろを歩む火消衆全体を包み込み、見物する我々には、どこか神聖で厳粛な声として伝わっていた。そう感じた。

江戸・明治時代の消防装束に身を包み、纏(まとい)を振り、梯子を担ぎ、火消道具を持ってぞろぞろと進む姿は、不思議に頼もしい。不謹慎ながら、オールブラックスのハカを思い出していた。江戸の町人や商家が頼りにした守護神達の精神性はきっちり継承されていました。

行進とお披露目

今年の出初式を取材して、改めて感じた事は、日本人がパンパカパーンと行進を始めたのは、明治以降で欧州に学んだという海外を真似たという事。世界の標準が膝を伸ばして踵を前に投げ出すような足使いをする行進に対して、日本のそれは膝を曲げ、腿を高く上げて行進する。
戦いに向かう時に最優先な事は、意識を戦闘モードに切り換え、一同が鼓舞され強い戦闘集団となる行為を実行した。仲間同士で精神を高ぶらせるために、行軍する時間を有効に使ったのだろうと想像できた。
一方で、周囲に晴々しさや「俺たち強いから皆さん安心してね。大丈夫だよ!」とか、「無事に、勝って帰りました!」とメッセージを伝えるためにお披露目してくれるのがパレード。自分を鼓舞するマーチ。群衆を魅了するパレード。
改めて勉強させて頂きました。私が子供の頃の入場行進曲は「軍艦行進曲」だった。

整列すること

東京消防庁の各方面隊の旗を晴れやかに持って横一列に並ぶ姿は勇気付けられる。自分の地元の旗を探したりする。

一方、江戸消防記念会の皆さんの整列姿も晴れやかである。明治期以降の役半纏に描かれた腰の線の本数で方面が、背中の組名や担当が、肩から腕にかけて入った赤い線の本数で役職が判る。これで個人の識別ができるのだ。そして何よりも纏の形状が、その組の地域性を醸し出す。一区三番組の纏は、芥子(けし)の実と枡(ます)を組み合わせて、火を「消します」と。神田を基盤とする一番組は神田の「田」の字を、銀座を本拠地とする五番組は銀座鋳造銀を意味する「分銅」を纏の印にしている。各それぞれの纏に洒落た意味が込められている。命を懸けて破壊消防をする面々の苦虫がニヤリとする、いつでも洒落っ気を忘れない性分に、江戸っ子の意気を感じるのです。